2024年ガーナ滞在記〜アクラからアムステルダム、パリ経由で帰国〜

Pocket

はじめに

オホティセン?(元気ですか)? Adjoaです。私は、2014~2017年までの2年6ヵ月間、青年海外協力隊としてガーナに派遣されていました。

先日(2024/8/23-9/12)、ガーナに3週間の里帰りをしてきました。ここでは、ガーナから日本まで帰国するときの様子を記録します。

ガーナから日本に行く飛行機を検討している方のご参考になれば幸いです。

旅程

行き [8/22]

  • 関西国際空港(KIX) 10:30発 → スキポール空港(AMS) 17:45着 KL0868便 (KLMオランダ航空)
  • スキポール空港(AMS) 15:20発 → コトカ国際空港(ACC) 19:50着 KL0589便 (KLMオランダ航空)

帰り [9/12]

  • コトカ国際空港(ACC) 22:05発 → スキポール空港(AMS) 06:40着 KL590便 (KLMオランダ航空)
  • スキポール空港(AMS) 08:05発 → シャルル・ド・ゴール空港(CDG) 09:25着 KL1405便 (KLMオランダ航空)
  • シャルル・ド・ゴール空港(CDG) 13:20発 → 関西国際空港(KIX) 9:30着 AF292便 (エールフランス航空)

ガーナ滞在記1日目(in Accra)はこちら
ガーナ滞在記2日目(in Accra)はこちら
ガーナ滞在記3日目(in Accra)はこちら
ガーナ滞在記4日目(in Mprumem)はこちら
ガーナ滞在記5日目(in Mprumem)はこちら
ガーナ滞在記6日目(in Mprumem / Winneba)はこちら
ガーナ滞在記7日目(in Mumford / Cape Coast)はこちら
ガーナ滞在記8日目(in Kakum National Park)はこちら
ガーナ滞在記9日目(in Cape Coast Castle / UCC / Elmina Castle)はこちら
ガーナ滞在記10日目(in Cape Coast)はこちら
ガーナ滞在記11日目(in Cape Coast / Kwabenya)はこちら
ガーナ滞在記12日目(in Kwabenya / Winneba)はこちら
ガーナ滞在記13日目(in Swedru / Mprumem)はこちら
ガーナ滞在記14日目(in Mprumem / Mumford / Cape Coast)はこちら
ガーナ滞在記15日目(in Cape Coast)はこちら
ガーナ滞在記16日目(in Cape Coast)はこちら
ガーナ滞在記17日目(in Cape Coast / Senya Beraku / Accra)はこちら
ガーナ滞在記18日目(in Accra)はこちら
ガーナ滞在記19日目(in Shai Hills / Tema)はこちら
ガーナ滞在記20日目(in Accra)はこちら
ガーナ滞在記21日目(in Accra)はこちら

19:40 出国審査

出国審査は心配していたほど時間はかからず、15分ほどで済みました。

コトカ空港はそれほど大きくないので、すぐに飛行機のゲートに到着。洗面所で顔を洗ってから、Enninful(エニンフル)ファミリーをはじめ、ガーナ滞在中にお世話になった人たちに片っ端から電話をかけました。「今から日本に帰るよ。また会おうね」と。

ガーナ人は、息をするように電話をします。朝から晩まで、ひっきりなしに電話している人も珍しくありません。そんな彼らと3週間も過ごしたら、私まで電話魔になってしまったようです。

なお、通話には空港のフリーWi-Fiを使用しました。最初の接続時だけ、長い動画を見る必要があって面倒でしたが、その後はサクサク繋がりました。

一通り電話をかけ終えた後は、ゲート前で待っているガーナ人たちと喋ったりして過ごしました。

またね、ガーナ

アクラ発の飛行機は、経由地のアムステルダムに向けて旅立ちました。とうとうアフリカ大陸から離れてしまった…。寂しさと、ガーナで出会ったすべての人への感謝で胸がいっぱいでした。

この3週間を通して、自分のガーナに対する愛を再認識しました。

ガーナに行く前の私は、実はそんなに乗り気ではありませんでした。

3週間は長すぎるんじゃないか。半分は他の国を旅行する日程を組めば良かったかも…。

ガーナじゃなくて、まだ行ったことのない国を旅行すれば良かったかも…。

旅行者としてガーナに行っても面白くないんじゃないか…。

しかも無給休暇だし、仕事していた方が良かったのでは…。

そんなことを考えていました。

あり得ない! 3週間じゃ全然足りませんでした。このタイミングでガーナに行くことが、私には必要でした。他のどの国でもダメでした。「最幸」という言葉がピッタリの3週間でした。

本当に、日本に帰りたくありませんでした。離陸した瞬間からもうガーナに帰りたかった。その日以来私は毎日、どうやったらガーナに住めるかばかりを考えています。

アムステルダムでトランジット

アクラからアムステルダムへの機内食は、サツマイモ入りのトマトシチューでした。KLMの手にかかればガーナ料理もこんなにオシャレになるのか。KLMの機内食は本当に美味しい。特にデザートが!

アムステルダムでは乗り継ぎが1時間しかありませんでした。行きの飛行機でアムステルダムで降りたとき、出国審査でかなり待ったので間に合うか心配で、飛行機を降りてからダッシュでトランスファーに向かいました。

すると、やはり長い行列ができていました。うわー、ギリ間に合うか否か…って感じだな…。不安に思いながら並んでいると「8:30より前の便の方〜?」と呼んでいるスタッフが現れました。8:30どころじゃない、私は8:05発なのだ。というわけで、優先レーンへ案内してもらえました

ところが、身体検査でひっかかってしまいました。小部屋に呼ばれて、重ね着していた服を何枚か脱がされました。結果、問題なしで無事解放されました。しかし小部屋に呼ばれたのは初めてだったので、どれだけ時間がかかるかわからず、かなり焦りました…。

優先的に通してもらえたおかげもあって、無事次の便に間に合いました。ギリギリセーフとまではいかないけれど、空港内で買い物をする余裕はありませんでした。

アムステルダムからは、2つ目の経由地パリへ。

パリでトランジット

シャルル・ド・ゴールは大きな空港なので、乗り継ぎの際の移動に結構時間がかかることがある、と聞いていました。トランジットが3時間以上あるとは言え、安心できません。そのため、ここでもやや早足でトランスファーに向かいました。

すると、ここでも身体検査に引っかかりました。今度は別室には呼ばれず、その場で係員に全身を触られて、特に問題なしと判定されました。2度も引っかかるなんて、重ね着がまずかったのでしょうか?

トランスファー自体は超スムーズで、すぐにゲート前まで来ることができました。オランダとフランスがEU圏内だから?

かなりお腹が空いていたので、空港でサンドイッチを買って食べました。パッケージがフランス語というだけで、オシャレに見えます。味は普通でした。

しかし高い…。日本円で2,000円くらいでした。

サンダル失踪事件発生

パリから日本へと向かう飛行機は、11時間以上。隣にガーナ人がいればおしゃべりしてあっという間なのにな…。でも隣はヨーロッパの人。11時間退屈だな。やっぱりガーナ人は最高だな。飛行機に乗ったときの私は、そんなことを考えていました。

私にとって初めてのエールフランス便。フランスの航空会社だなんて、さぞかし機内食も美味しいんだろうな、と期待していました。ところが、期待しすぎたせいかそれほど感動はなく、KLMの方が美味しいように思いました。デザートはKLMに負けず劣らず美味しかった!

この飛行機は、夜間フライトでした。そのため、食事の後は消灯され、ほとんど真っ暗な状態でした。私もリラックスするためにサンダルを脱ぎ、裸足になって眠りました。

私は通路側の座席に座っていました。途中、何度か窓側の乗客がお手洗いに立ちました。数時間して私もお手洗いに行きたくなり、サンダルを履こうとしました。すると、サンダルが片方ありません。真っ暗なので、スマホのライトを点けて座席の下を照らすも、見つかりません。トイレに行けない…っていうか私これで飛行機降りんの?ガーナなら良かったけど、着くのは日本(笑)。

というわけで前後左右の乗客の座席の下も探しましたが、サンダルは出てきません。這いつくばって探していると、1人の乗客を起こしてしまったようで「どうしたんですか? 何かなくしちゃったんですか?」と声をかけてくれました。「サンダルが片方なくて!」と伝えると、その乗客も「ええ、裸足で帰るんですか!」と言い、一緒に探してくれました。すると周りの乗客も目を覚まし、みんなサンダルを探し出しました。

しばらくの大捜索の後、前の前の乗客の席の下で発見されました。座席を出入りしているうちに、蹴飛ばされてしまったのでしょう。みんなありがとう!

このサンダル失踪事件をキッカケに、隣の乗客との会話が始まりました。彼らはスペイン人でした。私の住む長野県にも山登りに行くんだとか。何度かガムもくれました。ヨーロッパ人も良い人だった! 退屈だなんて思ってごめんなさい。国籍なんて関係ないな。

サンダルが失踪したおかげで、大切なことに気づくことができました。

でもその後はもうサンダルを脱ぎませんでした(笑)。

関空到着

ほぼ定刻通りに、関西国際空港に到着しました。あーあ、帰ってきちゃった。

トランジットを2回したので、またバックパックが出てこないんじゃないかとちょっと期待…いや、心配しました。でも、レーンに辿り着いたらもう私のバックパックはレーンの上を回っていました。さすが日本!

バックパックを受け取って、税関へ行くと、若い係員にどこに行っていたのかを尋ねられました。「ガーナです」と伝えると、少し驚いて「珍しいですね、スーツケースはないんですか?」と聞かれました。「はい、バックパックだけで」と言うとさらに驚いていました。今の時代、バックパッカーって珍しいのかな?

その日は直接信州には帰らず、元ガーナ隊員の家に行きました。共通のガーナ人の友人から預かってきたお土産を渡すためです。

こうして2024年の私のガーナ旅行は、幕を閉じました。

2024年ガーナ滞在記まとめに続く。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です