私が青年海外協力隊に応募した理由~海外で誰かの役に立ちたい~

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はじめに

オチデン(元気ですか)? Adjoaです。私は青年海外協力隊として、2014~2017年までアフリカのガーナ共和国で活動していました。なぜAdjoaは青年海外協力隊に応募したのか。本記事では、その理由をお話します。

これから青年海外協力隊に応募する方のご参考になれば幸いです。

青年海外協力隊とは

青年海外協力隊とは、国際協力機構(JICA)ODAの一環として実施している事業です。開発途上国に派遣された青年海外協力隊員は、2年間その地で現地の人々とともに暮らし、ボランティア活動を行います。

私が青年海外協力隊に応募した理由

一言で言えば、「海外で働きたかった」ということになります。

しかし、「海外で働きたい」だけなら色んな選択肢があります。外交官、日系企業の駐在員、現地採用など。私が海外で働くフィールドとして青年海外協力隊を選んだ理由は、一言では語れません。

「海外で働きたい」と思い立ってから、青年海外協力隊という舞台を見つけるまでには、3年ほどかかりました。

1人で電車にも乗れない学生時代

海外、しかもアフリカという場所で私が働いていたと話すと、「学生の頃から1人で旅行をしていたのだろう」とか「英語が得意だったのだろう」と思われる方もいるかもしれません。ですが、真逆です。

私はもともと、1人で電車やバスに乗ることすらできない学生でした。間違った行き先の電車に乗って迷子になるのが怖い。だから、遠出はしない。遠出が必要な場合は誰かに付き添ってもらう。そんな超保守的な人間でした。

英語だって、大の苦手科目でした。「My name is …」すら話せないレベルでした。

海外の素晴らしさに出会った卒業旅行

そんな私が変わるきっかけとなったのが、大学の卒業旅行です。仲の良いグループのメンバーが「卒業旅行、みんなでオーストラリアに行こう!」と言い出したのです。

当時の私は日本を出たことがなく、「海外なんて怖い。行ったら殺されるかもしれない」と、悪いイメージしか持っていませんでした。しかし私は「仲間外れにされるのは嫌だから」という消極的な理由で、初めての海外旅行を決めました。

ところが実際にオーストラリアに行ってみると、怖いことなんて全然ありませんでした。

陽気でフレンドリーな人々。美しい海、森。見たこともないような素晴らしい景色に出会い、日本では感じたことのない経験をすることができました。

旅行は3泊5日でしたが、その短い日程の中で、私の人生が変わるきっかけとなった瞬間がありました。

それは、熱帯雨林を上から眺めることのできるスカイレールに乗っていたときのことです。どこまでも続くと思われた濃い緑の森が突然開けて、その先にはエメラルドグリーンの光り輝く海が広がっていたのです。その瞬間、涙があふれてきました。景色を見て泣くという経験は、生まれて初めてのことでした。その瞬間、これまでに感じたことがないくらいの強烈な感情が湧いてきました。

もっと世界を見なくてはいけない

Adjoaの人生を変えたオーストラリアの景色

仕事に疑問を感じていた社会人1年目

就職活動をしていた大学3年生の頃は、少しも海外に興味がありませんでした。当然、就職した会社は海外とは無関係の日本企業。配属先も、日本企業向けのパッケージを扱う部署でした。

「海外に出たい」という想いを強く持っていたものの、海外に出る機会はまったくありません。上司との面談で「海外と関わる仕事をしたい」と打ち明けてみても、「英語は話せるのか? TOEIC440点? 話にならない」と一蹴されてしまいました。

その上、就職した会社は大企業だったがゆえに、自分がとても小さな歯車のように感じていました。自分が社会、誰かの役に立っている感覚がまったくありませんでした。その会社の仕事でやりがいを感じたことは、一度もありません。

友達にこの悩みを話しても、「一流企業で給料も良い上に、残業も少ないんだから、割り切れば? 仕事で稼いだお金で海外旅行に行けば良いじゃん」と言われます。でも、私はそうは思いませんでした。仕事に費やす時間は、短くても1日のうちの3分の1。自分の納得できないことに、人生の3分の1もの貴重な時間を割いてしまうなんて…。私の人生、本当にこのままで良いのだろうか?

仕事に対する疑問は、入社式の日から日に日に強くなっていきました。

海外ボランティア

仕事で海外に行けないなら、せめて旅行だけでも。私はゴールデンウイークや夏休みを使って、年に2~3回は海外旅行に行くようになりました。ところが、あんなに刺激的だった海外旅行も、しばらくすると飽きてきてしまいました。

「どうせ海外に行くなら、現地の人と交流したり、役に立つようなことをして帰ってきたい

そう思うようになった私は、スタディツアーやボランティアツアーに参加するようになりました。思った通り、現地の人と交流できると、それまで以上の満足感を得ることができました。そして、気づいたのです。

「私のやりたいことって、これだ!」

中国での植林ボランティア

中学生の頃の夢

「これだ!」と思ったのには、背景があります。それは、私が中学生だった頃に遡ります。

中学生の頃、試験の成績が学年トップ10に入るくらいの優等生だった私。両親が薬剤師だったこともあり、なんとなく将来は自分も医療系の仕事に就くと思っていました。

あるとき、母から「職場のお医者さんが、途上国に行って現地の人のために活動している」みたいな話を聞きました。そのとき私は、「私の使命はこれだ!」と思ったのです。「医者になり、途上国に行き、困っている人の役に立とう」と。

ところがその後、長野県一の進学校に入学し、自分が井の中の蛙であったことを思い知らされます。そして医者になるという夢は、早々に諦めてしまいました。それからずっと、青年海外協力隊というものに出会うまで、進路を選択するときは「なんとなく」で生きてきました。

青年海外協力隊を知る

話を社会人時代に戻します。

「途上国で現地の人の役に立つことをしたい」という、自分のやりたいことがわかったものの、具体的に何をどうすれば良いのかわかりませんでした。とりあえず語学留学? お金はどうする…。NGO? 給料安い…。

そんなふうに悩んでいたとき、この悩みを友人に話しました。すると、その友人は言いました。「青年海外協力隊は?」

青年海外協力隊というと、当時の私にはエリートのイメージがありました。英語も話せて、すごく頭の良い人たちが行くというイメージです。だから、最初にその名を聞いたときは「私には無理だろう」と思いました。

一応家に帰って青年海外協力隊を調べてみると、色々な職種での募集があるということがわかりました。

「これなら、自分の得意なことを活かして私にもできるかも!」

かくして私は青年海外協力隊への応募を決意したのでした。

最後に

以上が、私が青年海外協力隊に応募した理由ですが、志望動機は人によって様々です。

意外と多いのが「仕事が嫌になって」という人。「日本での仕事に満足してしまった。自分の力を海外で試してみたい」という人も結構います。「海外旅行が好きで、長期間住んでみたくなった」という人も。実は、「世界を良くしたい」と思って応募する人のほうが少数です。

志望動機は何だって良いのです。面接官の先生も(人によりますが)、あまり志望動機は気にしていないように思います。

大切なことは、現地で何ができるか。そして最も大切なのが、任期終了後に青年海外協力隊の経験をどう活かすか、です。

これから青年海外協力隊に応募するという方は、ぜひこの辺りを意識して応募書類を作成してみてくださいね。

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