2024年ガーナ滞在記〜14日目・MumfordとCape Coast再び〜

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はじめに

オホティセン(元気ですか)? Adjoaです。私は、2014~2017年までの2年6ヵ月間、青年海外協力隊としてガーナに派遣されていました。

先日(2024/8/23-9/12)、ガーナに3週間の里帰りをしてきました。20泊21日のうちの14日目(2024/09/05)の様子と、感じたことなどをこちらに記録します。

青年海外協力隊のOBOGが、任期終了後に里帰りをするとどんな感じなのかを知りたい方のご参考になれば幸いです。

旅程

行き

  • 関西国際空港(KIX) 10:30発 → スキポール空港(AMS) 17:45着 KL0868便 (KLMオランダ航空)
  • スキポール空港(AMS) 15:20発 → コトカ国際空港(ACC) 19:50着 KL0589便 (KLMオランダ航空)

帰り

  • コトカ国際空港(ACC) 22:05発 → スキポール空港(AMS) 06:40着 KL590便 (KLMオランダ航空)
  • スキポール空港(AMS) 08:05発 → シャルル・ド・ゴール空港(CDG) 09:25着 KL1405便 (KLMオランダ航空)
  • シャルル・ド・ゴール空港(CDG) 13:20発 → 関西国際空港(KIX) 9:30着 AF292便 (エールフランス航空)

ガーナ滞在記1日目(in Accra)はこちら
ガーナ滞在記2日目(in Accra)はこちら
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ガーナ滞在記4日目(in Mprumem)はこちら
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9:00 朝食

校長先生の家での晩は、耳栓なしでも眠れる静けさでした。

その日は再び元生徒のBrightに会いにMumford(マンフォード)に行き、さらにその後Cape Coastまで戻る予定だったので、朝は早めにMprumemを出ようと思っていました。

8:00前にキッチンを覗きに行くと、私の朝ごはんを作ってくれているところでした。ありがたいけれど、まだまだかかりそうな感じ…。「8:30には出ようと思っている」と伝えると、少し急いで作ってくれました。

そこから1時間ほど待って、9:00前に部屋まで運ばれてきたのは、オーツポリッジと、卵サンド、そしてティー(ミロ)でした。おお…炭水化物祭り…。

卵サンドの具はピーマン、にんじん、コンビーフなど。通常道端で売っている卵サンドよりも豪華な具でした。美味しかったので、パンは完食。オーツは半分まで頑張って食べました。

朝食の後、学校の創始者である校長先生のご主人・Mr.Frimpongとお話をしました。彼はもう結構なお年なので、もしかしたらMr.Frimpongに会えるのが最後になるかもしれません。

Mr.Frimpongとのお話の後、Mrs.Frimpongに滞在費としてお金を渡しました。最初、彼女は受け取らない、と言いましたが「学校のために使って」と伝えたらすんなり受け取ってくれました。

私がこの家を出るとき、もうMrs.Frimpongはいなくて特にお見送りはなし。ガーナ人はみんな、また会えると思っているのか、別れ際がとてもあっさりしています。

11:15 Clememtに別れを告げる

校長先生の家を出た後、Mprumemを去る前にどうしても会いたい人がいました。私を含め、JICAボランティア5代のカウンターパートを務めてきた、Clement(クレメント)です。

スポットでClementと会ってたわいもない世間話をし(特に何も飲まずに)、Mprumem最後の時間を堪能しました。それから彼はトロトロに乗るジャンクションまで送ってくれました。最後は普通にまた明日も会うかのようなさらっとしたお別れ。

まったくあなたたち、私がいつでも気軽にガーナに来れると思うなよ!

12:00 MumfordでBrightに会う

さて、今度は元生徒で友人のBrightに会うために、Mumfordへ。

MprumemからApam Junctionまでトロトロで行き(10セディ)、そこからApam Inside行きのルートタクシーに乗り換えました(10セディ)。Mumfordに着いたら、彼の奥さんのお店まで歩いていきました。今度はちゃんとBrightに会えた!

Brightと一緒に街歩きをし、それから海風のよく通る気持ちの良い木陰に2人で腰掛けて30分ほど語り合いました。とても良い時間でした。

14:30 昼食

Mumfordを離れる前にBrightと一緒にお昼ご飯を食べました。私のリクエストで、ワチェを買ってもらいました。私がお金を出す、と申し出ましたが、彼は「Adjoaはビジターだから、お金を払うべきではない」と言って聞きませんでした。

道端のワチェスタンドでTake away(お持ち帰り)し、Brightの親戚が働いているというゲストハウスのロビーで食べました。シト(魚ベースのソース)が辛かったけれど、美味しかったです。今回のガーナ滞在中で1番美味しいワチェだっだ気がします。

その後、BrightにApam Junction行きのルータクを捕まえてもらって、彼とはそこでお別れ。大好きなBright。また必ず会おう!

15:00 再びCape Coastへ

Apam JunctionでさらにTakoradi(タコラディ)行きのトロトロに乗車。Pedu Junction(ペドゥジャンクション)までの運賃は30セディでした。Pedu Junctionで降りたら、今回は自力でプラギヤに乗ってステイ先の家まで行きました。Pedu Junctionから家までの道路沿いは、そこら中で爆音の音楽が流されていました。明日から始まるお祭りに向けて、盛り上がっているようでした。耳を塞がないと鼓膜を痛めそうなほどのボリュームでした。

ホストマザーのお店に行くと、ホストマザーのMaame Esi(マミエシ)とシスターAdwoaが「おかえり!」と歓迎してくれました。ああ、嬉しい。

前回ケープコーストを離れる前、私はシスターAdwoaとある約束をしていました。それは、ガーナの民族衣装「スリット&カバ」を仕立ててもらうということでした。シスターAdwoaは今学校で服飾の勉強をしています。それで、私に作ってくれると彼女から申し出てくれたのです。布はMaame Esiが買ってあったものを譲ってくれました。しかも「私は1日で作れるわ」とまで言って。

ガーナで2年半暮らした経験のある私は「出たわ。絶対これ作らないやつ。きっと私がケープに帰ってきたって、生地すら切ってないんだろうな」と思っていました。しかしこの日、歓迎の挨拶が終わるなりシスターAdwoaは「ねぇ、あなたのドレス、できたわよ」と。手渡された袋を開けると、本当にほぼ完成していました。そんなことが起こり得るんですか? ガーナで? いやー、とは言え、きっとやっつけ仕事で、雑なんでしょう?

試着してみると、ちょうど良い! ガーナで服を仕立てると、いつもキツすぎるかブカブカすぎるかで、一発で着心地の良いサイズが出来上がった試しがありませんでした。シスターAdwoaの仕立てた服は、小さすぎず大きすぎず、本当に着心地の良いサイズ。普通にきれいに作られていました。そんなことが起こり得るんですか? ガーナで?

このファミリー、ガーナの良いところと先進国の良いところを両方持ち合わせている。本当にすごい。

20:00 夕食

この日はベジタブルシチューとプレーンライスでした。野菜が不足しがちなガーナでは、ありがたい一品です。

21:30 ホストマザーと同室で就寝

明日からケープはお祭り。ということで、兄弟の1人Emmanuel(イマニュエル)がTema(テマ)から帰ってきました。そのため、私はホストマザーの部屋のシスターAdwoaのベッドで眠ることになりました。追いやられたシスターAdwoaはリビングのソファで眠っていました…。ごめんよシスターAdwoa…。私がソファで良いのに。ホスピタリティの高いEnninful(エニンフル)ファミリーは、まずそんなことは許しません。

本当はこの晩、ホストファミリーの三男Abeiku(アベーク)を誘って街に繰り出したいなー、と考えていました。しかし彼の部屋に入ると、彼は明日のお祭り用にオーダーされたTシャツにプリントする作業を行っていました。忙しそうだったので誘うことは諦め、早めに眠りにつきました。

ガーナ滞在記15日目へ続く。

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