2024年ガーナ滞在記〜5日目・夢の続き〜

はじめに
オチデン(元気ですか)? Adjoaです。私は、2014~2017年までの2年6ヵ月間、青年海外協力隊としてガーナに派遣されていました。
先日(2024/8/23-9/12)、ガーナに3週間の里帰りをしてきました。20泊21日のうちの5日目(2024/08/27)の様子と、感じたことなどをこちらに記録します。
旅程
行き
- 関西国際空港(KIX) 10:30発 → スキポール空港(AMS) 17:45着 KL0868便 (KLMオランダ航空)
- スキポール空港(AMS) 15:20発 → コトカ国際空港(ACC) 19:50着 KL0589便 (KLMオランダ航空)
帰り
- コトカ国際空港(ACC) 22:05発 → スキポール空港(AMS) 06:40着 KL590便 (KLMオランダ航空)
- スキポール空港(AMS) 08:05発 → シャルル・ド・ゴール空港(CDG) 09:25着 KL1405便 (KLMオランダ航空)
- シャルル・ド・ゴール空港(CDG) 13:20発 → 関西国際空港(KIX) 9:30着 AF292便 (エールフランス航空)
ガーナ滞在記1日目(in Accra)はこちら。
ガーナ滞在記2日目(in Accra)はこちら。
ガーナ滞在記3日目(in Accra)はこちら。
ガーナ滞在記4日目(in Mprumem)はこちら。
5:30 起床
7年半ぶりに任地で過ごした夜はとても静かで、よく眠れました。朝方、寒くて目が覚めてしまいました。虫の声と鳥の声が賑やかな朝を迎えました。
7:00 朝の集落を散策
集落内を散策しました。
ガーナの朝は早い。7:00少し前から、もう集落にはもうたくさんの人たちが歩いていて、水汲みをしたり、家の周りを掃き掃除したりしていました。

8:00 学校へ
昨日、元同僚のClement(今は昇格して校長先生になった!)が「明日は8:00から学校が始まる」と言っていたので8時過ぎに学校へ行くと…先生は誰もいなくて、生徒が数名いるだけ。ガーナではよくあることなので、適当に時間を潰すことにしました。
しばらくして、Clementが朝ごはんを用意している、というので、女子寮にご飯をいただきに行きました。この日もやっぱりガーナの定番、卵サンドとティーでした。ガーナの食事は、どれも炭水化物の割合が非常に大きくて、日本人にはちょっと苦しいです。笑

11:00 会議に参加
11:00から会議が始まる、というので、会場のICTルームで待機。
11:00を過ぎてからタラタラと先生たちが集まり出して、結局会議は11:30に始まりました。ガーナにしては優秀! 私が隊員の頃は、会議予定時刻の1時間後になっても2人しか来なくて、翌日に開催する、なんてこともありましたから。
会議の内容は、各教科ごとに生徒の様子や、困りごとについての報告。困りごとはどの教科も「教材がない」「実習設備が整っていない」「教材を買うお金がない」と言った経済的な問題ばかりでした。

ガーナの会議は、相変わらずダラダラと長い。14:00まで続いて、一旦休憩。休憩時にはガーナで「リフレッシュメント」と呼ばれているおやつが提供されました。申し訳程度にサバが入っているミートパイ(調理科の先生と生徒の手作り)と、ガーナ人に人気のドリンク「モルツ」。

その後会議は再開し、結局15:00まで続きました。
15:15 昼食
会議の後は、教員向けに食事が用意されていました。ジョロフライスです。日本人の感覚からすると、米の量が尋常じゃない! 3人前くらいありそうな量です。でも、美味しかったので9割くらい食べきりました。ガーナでは、少し残すのがマナーです。完食してしまうと「量が足りなかった」と捉えられます。

17:00 放課後
食事の後、16:00過ぎになって、突如学校の前に「看板を立てる」と先生たちが言い始めました。明日から夏休みに入るので、休みに入る前に立てたいんだとか。17:30頃になって、生徒と建築科の先生たちが看板を立てるためにセメントを作り始めました。
…いや、何もこんなギリギリにやらなくても。もっとできる時あっただろうに…。もう辺りは暗くなり始めているぞ…。ガーナは日本と違って街灯も少ないし、あっても日本の街灯ほどの明るさはない。さて、この作業、真っ暗になる前に終わるのか? 特にやることもないので、私はその一部終始を見守ることにしました。

結局、作業は真っ暗になる前に無事終了していました。
さて、立てられた看板を見てみたら… てっきり学校の看板かと思いきや、全く学校とは無関係の、化粧品の看板でした。「なんで?」とClementに聞いたら、それはこの学校の創始者の娘さんが販売している商品らしい。職権濫用かい!

20:00 夢の続き
この日は、いろんな想いで胸がいっぱいでした。
KingsTechの7年間を、ともに歩めなかった切なさ。成長していく姿を見られなかった寂しさ。
一方で、想像していたよりもずっと発展していたことに対する賞賛。もしかしたら私もその一部を担うことができたのかもしれない、という感慨深さ。
そして、もう、ここに私のポジションはない、という悲しさ。
隊員の任期が終わるときは、また明日も同じ日が来るような気がして、ここから自分がいなくなるという実感が湧きませんでした。しかし、こうやって改めて見てみると「もうここに私はいない」ということが実感できました。

7年半もの間、私は何をしていたんだろう?
ここに、こんなに大切なものが、大好きなものがあったのに…
眠る前に考えていたら、涙が溢れてきました。
青年海外協力隊への参加は私にとって、とても大きな夢でした。
初めてKingsTechの教室で生徒たちの前に立ったときのことは、10年経った今でも、鮮明に思い出せます。それは、私が初めて夢を叶えた瞬間でした。「夢が叶うってこういう気持ちなんだ…」と、鳥肌が立ったことを覚えています。
そして、そこで過ごした2年6ヶ月間はあまりにも素敵すぎて、幸せすぎて、日本に帰ってきてからときどき「長い夢を見ていたのかな」と疑うほどでした。だから今回のこの里帰りは、夢の続きを見ているような気分でした。
でも、今日、また新しい夢ができた。もう一度、この場所で授業をしたい。死ぬ前にもう一度、ここで。
ガーナ滞在記6日目へ続く。