青年海外協力隊に参加したら国際協力が嫌いになった話

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はじめに

メマオアチ(こんにちは)。Adjoaです。私は、2014~2017年までの2年6ヵ月間、青年海外協力隊としてガーナに派遣されていました。

青年海外協力隊に参加する前の私は、IT企業でシステムエンジニアとして働いていました。青年海外協力隊に参加したいと思ったときには、任期終了後はJICAやNGOなどで国際協力の仕事をしたいと考えていました。しかし、青年海外協力隊の任期中にその考えが変わりました。本記事では、進路希望が変化した経緯をお話します。

これから青年海外協力隊に応募したいと考えている方のご参考になれば幸いです。

ガーナに行く前の考え

「途上国の人たちを助けたい。」

青年海外協力隊としてガーナに行くまで、私はそんな想いを持っていました。手助けを必要とする人がいるなら力になりたい、と。

しかし、ガーナに行ってすぐにその考えは間違っていたと気づきました。

ガーナで感じたこと

ガーナの首都アクラは思ったよりも発展していました。高いビルも建っているし、大きなショッピングモールもあるし、道路も舗装されていました。そこに黒い肌の人々がいなければ、ここは東南アジアだと言われてもわからないでしょう。

首都Accraの様子(2014)

一方で、大都市から離れた田舎に行くと、THE・アフリカな光景が広がっていました。未舗装の赤土の道。生い茂るヤシの木。そこらじゅうを歩き回るヤギとヒツジ。裸足で歩いている子どもたち。きっと何十年も前から変わらない風景なのでしょう。そんなガーナの平和な田舎の風景が、私は大好きでした。

そんな対照的な街を見て、私は思いました。「発展するということは、世界が均一化されていくということなんだ。こんな素敵な場所がなくなってしまうなら、発展なんかしないでほしい。」

かくして私は国際協力の道に進むことをやめました。

とても自己中心的な考えですが、それくらいガーナの田舎の風景が私は大好きなのです。

Adjoaが2年半暮らした集落

それでも途上国と関わりたい

国際協力の道に進む気はなくなったものの、ガーナを始め、私は途上国が大好きという気持ちは変わりません。「先進国→途上国への押し付け」という形の国際協力は嫌だけれど、途上国との関わりは保ちたい。それなら、「自分が楽しいと思えることができて、かつ途上国と関わることのできることを仕事にしよう」と思いました。

そして青年海外協力隊の任期が終わり、帰国してから最初に就職したのはITの会社でした。JICAのIT関連のプロジェクトを請け負う会社です。IT企業なら、自分のスキルも磨くことができるし、プロジェクト単位で行きたいときに海外に行ける。まさに自分のための会社だ! と思いました。

しかしながら、結局チャンスに恵まれず、海外のプロジェクトに参加することなくその会社は退職してしまいました。

現在は、日本で出前講座や国際交流イベントを開催して、ガーナの素晴らしさを伝える活動をライフワークとして行っています。

最後に

青年海外協力隊に参加して何を感じるかは人それぞれです。私とは逆に、「途上国への支援が必要」と感じて国際協力の道に進む人もたくさんいます。それは、実際に行ってみなければわかりません。大切なことは、青年海外協力隊に参加する前から「途上国には先進国の支援が必要だ」と決めつけるのではなく、ある程度柔軟性を持って、現地の様子を知った上で自分の頭で考えることだと私は思います。

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