『世界史との対話(下)』(小川幸司 著)第50講『ゴッホの哀しみ』まとめと感想

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はじめに

Etse sen(元気ですか)? Adjoaです。

先日、高校時代の世界史の先生を訪ねていったところ、先生の著書をお土産にいただきました。『世界史との対話 ― 70時間の歴史批評(下)』(小川幸司 著)という本です。この本は上・中・下の3巻セットです。ここでは、第50講『ゴッホの哀しみ』のまとめと感想を記録します。

まとめ

「狂気の画家」というレッテルを貼られているフィンセント・ファン・ゴッホですが、その所以は、他者の感情と自分の感情に折り合いをつけられなかった彼の性格にあります。現代で言えば「アスペルガー症候群」と診断されるのでしょう。でもそれは障害というより、単に彼の個性だったのかもしれません。

37年間という短い生涯の中で、彼が画家を志してから世を去るまでは、10年にも満たないものでした。

彼は失恋をきっかけに、聖書の研究にのめり込みます。そして伝道師を目指すものの、牧師になるために必要な語学の習得がどうしてもできません。

人の役に立ちたいと思いながらも何もできない自分に悩む彼は、自分が他者の役に立てることは絵画を創作することだと思うようになります。画家になる決意をしたのは、1880年、彼が27歳のときでした。

それから5年後、彼は灰色を基調とする色彩のなかで「ジャガイモを食べる人々」(1885年、ゴッホ美術館蔵)を描きます。その後、日本の浮世絵と出会って深い感動を抱いた彼は、色彩の使い方を根本的に変革します。

そんな中、彼は弟からある人物を紹介されます。それがゴーガンでした。ゴーガンと出会ったゴッホは、アルルに移り、共同アトリエで生活を始めます。この15ヶ月の間に、200を越える作品群を創作し、やがてそれらは世に送り出されることになります。

その後彼は精神を病み、入院します。精神疾患に理解のない当時、ゴッホを含む患者たちは動物園のように扱われていました。彼は鉄格子の中からも、外の世界を眺めてはスケッチをしていました。

1890年の2月、ゴッホの絵が初めて400フランの値段で売れました。経済的な自立は、彼の1番の願いでした。しかしそれから約5ヶ月後、彼は自らの胸部に向けてピストルを発射します。こうして彼は、37年の生涯に幕を閉じたのでした。

死後、彼は世界の巨匠として名を連ねることになります。

感想

私は歴史が苦手です。何年に、どこで、誰によって、何が起こったかを覚えることの意味がわかりません。でも、この本の著者はお世話になった先生だったので、少しでも読んでみようと思いページを捲りました。すると、意外にも面白くてスラスラ読むことができました。歴史の話というよりも、物語を読むような感覚でした。

ゴッホについて私が知っていることといえば、自画像と、「ひまわり」の絵くらいです。その人物像については、ほとんど何も知りませんでした。この本を読んで、初めてゴッホがどんな人物で、どんな人生を送り、またどのような状況の中で彼の名画が生まれたのかを知りました。

世間では「ゴッホ=狂気の画家」として知られているけれど、それは「個性」だと解釈されている点がとても良いな、と思いました。さすが学校の先生です。

世界史に興味のある方はもちろん、そうでない人にも読みやすく、お勧めできる内容です。

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