「ヤクルト・スワローズ詩集」(村上春樹 著『一人称単数』より)を読んで

はじめに
Etse sen(元気ですか)? Adjoaです。
先日『一人称単数』を読みました。この本は、村上春樹氏による短編集です。普段なら1冊につき1本読書記録を書いているのですが、この本は短編集なので1編ずつ記録をつけていこうと思います。本日は5作目「ヤクルト・スワローズ詩集」の感想をこちらに記録します。
※本記事にはネタバレが含まれます。
「ヤクルト・スワローズ詩集」概要
「僕」はヤクルト・スワローズのファンである。18歳で生まれ育った関西を離れ、大学に通うために東京に出てきたとき、ヤクルト・スワローズを応援すると決めた。
僕は試合のたびに神宮球場へ通った。そして、試合を観戦しながら数々の詩を書き綴った。それらを後に『ヤクルト・スワローズ詩集』として刊行する。この短編では、この詩集にまつわる父や母との僕の思い出が描かれる。
感想
『一人称単数』を最初から順に読んできましたが、「ヤクルト・スワローズ詩集」はこれまでの4作品とは性格が違うな、と思いました。どう違うかというと、ほかの作品は多かれ少なかれ小説要素が盛り込まれていました。しかしこの作品は完全にエッセイ。だって、作品中に「村上春樹」と名前が出てくるのですから、実話だと思いますよね。
…しかし、ネットでこの詩集についてを検索すると、「そんな詩集は実在しない」という書き込みを多く見かけます。逆に「詩集を購入した」という記事も見かけたので、実際にはどちらが本当なのかわかりませんが…。私の見解では、前者が真実な気がします。
そして最後のパラグラフ。球場で黒ビールを飲みたくて黒ビールの売り子を探すもなかなか現れず、ようやく現れた売り子を呼ぶと、「すみません。あの、これ黒ビールなんですが」と謝罪される。多くの人が求めているのは、黒ビールではないからだ。そして、「僕も小説を書いていて、彼と同じような気持ちを味わうことがしばしばある」と文章は続く。つまり、著者はしばしば「自分が書いている小説は多くの人にウケるものではない」と考えているということでしょうか? だから面白いんだな、彼の小説は。と私は思いました。