Forgive and Forget(許して忘れろ)~ガーナが教えてくれたこと[4]~

はじめに
オホティセン(元気ですか)? Adjoaです。私は、2014~2017年までの2年6ヵ月間、青年海外協力隊としてガーナに派遣されていました。
青年海外協力隊の任期中、ガーナで私が学んだことは数えきれないほどあります。ここでは、そのうちの1つ「Forgive and Forget(許して忘れろ)」という学びをご紹介します。
包丁破壊事件
ある日私の大切なものを、家に電気配線の修理に来たガーナ人に勝手に使われて壊されるという事件が起こりました。
それは日本を発つ前に母に買ってもらったセラミックの包丁でした。料理好きな私にとって、包丁は大切な道具です。「ガーナの包丁はとても切れ味が悪いので、日本から持っていったほうが良い」という先輩のアドバイスを聞いて、母に買ってもらったものでした。ガーナでは手に入らないし、それなりの値段がするものでした。
Adjoa、と呼ばれて彼のところにいくと、きれいに真っ二つに折れた私の包丁がありました。マイナスドライバーを忘れた彼は、代用できるものを探して勝手に私の包丁をドライバー替わりに使い、その際包丁が折れてしまったのです。「君の包丁折れちゃった。でも心配するな。俺が買ってやるよ」と笑って言うのです。
ガーナでは、怒ることが本当にたくさんありました。その中でも、最も私が怒りに震えたのがこのときでした。「ふざけるな! お前の給料で買えるような値段のものじゃない! 第一、ガーナで手に入らない! しかもこれは私のお母さんからの贈り物だったのに!」と、ブチ切れました。それでも笑っているガーナ人。そして、「まぁ落ち着け。そんなことより、俺と結婚しよう」と、なぜか口説き始めたのです。ああ、もう何を言ってもしょうがない、と私は諦めて、彼には帰ってもらいました。百歩譲って、包丁が使えなくなってしまったことは仕方ない。今さら何を言っても返ってこないのだから。でも、私の怒りは収まりません。なぜか? まったく反省することなく、ヘラヘラ笑って口説き始めるという彼の不謹慎な態度がどうしても許せなかったのです。
Forgive and forget (許して忘れろ)
一晩眠ってもまだ怒りは収まらず、翌朝不機嫌なままで職場の学校に出勤しました。先生も生徒もみんな笑顔。どいつもこいつもヘラヘラしやがって。もはやガーナ人全員に対して怒りを感じ始める私。
そんな中、カウンターパート(最も関わりの深い同僚)が出勤してきました。彼はいつものように「Adjoa、おはよう。調子はどう?」と私に声をかけてくれました。ガーナでは「How are you(調子はどう)?」は挨拶の一部であって、たとえ元気でなくても「I’m fine.(元気だよ)」と返すものです。ところがこの日の私はあまりにも不機嫌で「I’m not fine at all.(最悪だよ)」とぶっきらぼうに答えました。心優しい同僚は、「何があったんだ」と聞き返してくれました。私は包丁破壊事件の一部終始を彼に説明しました。話しているうちに昨日の怒りがぶり返し、興奮した私は最後に「I never forgive him(絶対に許せない)!!!」と声を荒げました。それを聞いた同僚は、私を諭すように言いました。「Adjoa, forgive and forget.(許して忘れろ)」と。
本当に強い人間は、許すことができる
Forgive and forget? 何を言っているの? 忘れられるわけない。私の大切なものを許可なく使って、しかも壊しておいて、挙句の果てには「そんなことどうでも良い」とでも言うかのように口説き始めて。反省もしないやつのことを、許せるはずがない。
私がそう言うと、同僚は続けました。「本当に強い人間は、許すことができる」と。
2つの言葉で自分の弱さに気づいた
正直そのときは「ガーナ人には私の気持ちをわかってもらえない」と感じ、泣き寝入りしました。しかし、時が経つにつれて同僚の言葉が沁みてくるようになりました。
「Forgive and forget」と「本当に強い人間は、許すことができる」。この2つの言葉がなかったら、あの事件はただの嫌な思い出になっていたかもしれません。ですが、今は違います。
現場は日本ではなくガーナ。「自分のものはみんなのもの」というシェア文化の国。人のものを許可なく使うのは、彼らにとっては当たり前。彼らの文化を受け入れられていない自分に非があったのではないか、と思うようになりました。
形あるものはいずれ壊れる。それなのに、私はモノに執着していた。この事件をきっかけに、自分のモノに対する執着心の強さに気づきました。
そして何より、器が大きい人間ほど人を許すことができる。私の器はあまりにも小さかった。あの包丁破壊事件は、そのことを私に教えるために起きたことだったのだと今では思えます。
怒りの感情を抱いているのは幸せな状態とは言えません。怒っていれば他のことにも集中できないし、時間の無駄です。いつまでも相手を許すことなく怒りを引きずっていれば、自分が損するだけです。だからこそ、同僚は「本当に強い人間は、許すことができる」と言ったのでしょう。
ガーナ人同士でも、貸したものを又貸ししてなくされたり、壊されたり、という話はよくありました。でも、それに対して(私のように)ブチ切れたり、いつまでも怒りを引きずったりしている姿は見たことがありませんでした。ガーナ人はちゃんとForgive and forgetができているのです。
“Forgive and forget.” 私の心に刻まれた、ガーナ人から教わった大切な言葉の1つです。そのときのことをこうして書いている時点で、まだforgetできていないということになりますが(笑)、今となっては良い思い出です。
