貧しくても、より貧しい人がいれば分け与えよう~ガーナが教えてくれたこと[5]~

はじめに
オホティセン(元気ですか)? Adjoaです。私は、2014~2017年までの2年6ヵ月間、青年海外協力隊としてガーナに派遣されていました。
青年海外協力隊の任期中、ガーナで私が学んだことは数えきれないほどあります。ここでは、そのうちの1つ「貧しくても、さらに貧しい人がいれば分け与えよう」という学びをご紹介します。
“Give me money.”をやたらと言うガーナ人
「Give me money.(お金ちょうだい)」。大人も子供も、白人(黒人以外)の顔を見ればこの言葉を発するガーナ人たち。ガーナにいる間、私はこれが嫌でたまらない時期がありました。子どもや、見知らぬ人に言われるのはまだ仕方がないとして、友達でさえも私に向かってそれを平然と言うのです。「私と仲良くしてくれるのは、結局お金のためか…」と肩を落とすこともありました。
自分もお金がないのに、お金をあげるガーナ人
Charity(チャリティー)
ある日、道で出会ったガーナ人の少年に「5セディちょうだい」と言われました。いつものように「あげない」、「ちょうだい」のやりとりをしていると、私の友達のガーナ人が現れました。すると、彼女は私の代わりにお金を差し出そうとするのです。私の友達だって、決して裕福な家庭ではありません。
彼女の名前はCharity(チャリティー)。名前のとおりの生き方で、「与えること」が自分の幸せであると考えていました(彼女はしばしば人に与えすぎてお金がなくなり、親戚や私にお金を貸してほしい、と頼んでいました)。
交通渋滞でよく見る光景
ガーナでは、よく道端で物乞いをしている人に出会います。バスに乗っていて渋滞に巻き込まれると、どこからかやってきて「お金をください」と手を出してくる身体障害者もいました。私はお金を渡したことは1度もありませんでしたが、ガーナ人がお金を渡しているところは結構頻繁に目にしました。
また、学校の生徒間でも、生徒はみんなお金がないのに、さらにお金がない友達にお金や食べ物をあげている姿をよく見かけました(借りたお金を返す、という文化はないに等しい)。自分だって、明日には食べるお金がなくなるかもしれないのに、です。
最初は、私が白人でお金を持っていると思われて「Give me money.」と言われるのかと思っていたのですが(もちろんそれもありますが)、貧しいガーナ人同士でもお金を与え合っているところを見て、気づきました。ただお金がほしいのではなく、切実にお金を必要としている。彼らだって私を傷つけようとして言っているわけではない。生きることに必死なんだ、と。「お金くれ」は、彼らが生き延びるための術なんだ、と。
与えてもらったら、いつか恩返しをしたくなるのが人の性。与えたら、いつか誰かが与えてくれる。それがわかっているから、ガーナ人たちは自分が苦しくても与えることを厭わないのだと思います。与えることは、未来の自分に投資することでもあるのです。
貧しくても、より貧しい人がいれば分け与えよう
これらの経験から、「たとえ自分が貧しくても、自分よりも貧しい人で、困っている人がいれば分け与えよう」と学びました。それは未来の自分への投資だから。もちろん、詐欺に遭って嫌な思いをしないように、見極めることは必要です。
Charityのように、もしも与えすぎてお金がなくなって困ったときには、同じように誰かに救いを求めれば良いのです(やりすぎはNGですが)。
