私が地域おこし協力隊に応募した理由

はじめに
私は現在、長野県木曽町で地域おこし協力隊として活動をしています。なぜAdjoaは地域おこし協力隊に応募したのか。ここでは、その理由をお話します。
地域おこし協力隊に応募した理由3つ
その① 長野県木曽町で人脈を作りたかった
もともと私は、地域おこし協力隊をやりたかったわけではありません。
私には夢があります。
6年前、青年海外協力隊として私はガーナへ渡りました。当時の私は「ガーナの教育を変える!」と意気込んでいました。ところが実際には、ガーナどころか、自分の配属された学校の教育ですら、何も変えることができませんでした。2年半の活動を終えて、自分はたくさんの学びと成長、思い出、愛をもらって帰国しました。悔しい。ただその一言でした。途上国のために何かをしてあげたい。そう思って渡航したのに、結局いつもいつもガーナ人からたくさんのものをもらっていました。
一生かけて、ガーナに恩返しをする。帰りの飛行機の中で私はそう決意しました。
帰国後の就職先が決まっていなかった私は、長野県木曽町に住む祖母の介護を住み込みで手伝うことにしました。ガーナのために、私は何ができるのか。いつもそのことを考えながら暮らしていました。そのときにふと気がついたのです。
祖父母はもともと民宿を営んでいて、今も建物は宿泊が可能な状態。そして、大規模な農場も持っている。ところが、どちらも誰も跡を継いでいない。ところで長野県は、海外からの農業実習生を多く受け入れている。
この民宿で海外からの農業実習生を受け入れて、研修してもらえばいいんじゃないか。ガーナからも研修生を受け入れ、日本で学んだ知識をガーナに持ち帰ってもらえたら、ガーナの発展に貢献できるのではないか。
そのためにはどうしたら良いだろう。まずは木曽町に人脈を作りたい。そうだ、人脈形成なら、地域の人たちと密接に関わる仕事が良い。
という思考を経て「地域おこし協力隊」が夢への第一歩。という結論に至ったのです。
しかしながら、当時木曽町で地域おこし協力隊の募集はしておらず、一旦は東京のIT企業へ就職することにしました。
その② エンジニア職に満足した
地域おこし協力隊に応募する前、私はシステムエンジニアをしていました。当時、基幹システム新規構築のプロジェクトメンバーとして働いていました。一からシステム構築するのは初めての経験であったし、自分の提案を採用してもらえたり、お客様に喜んでもらえたりと、やりがいのあるとても楽しい現場でした。約2年間のプロジェクトでしたが、本番リリースが終わり、初期不良もある程度つぶし終わると、満足してしまった自分がいました。エンジニア職はやり切った。もういいかな、と。
そんなとき、ふと、そろそろ以前からやりたいと思っていたことをやろう、と思い始めたのでした。
その③ 不便な土地で子育てをしたかった
年齢的にも、そろそろ結婚・出産を考えなければいけない時期でした。当時私は東京23区内で暮らしていました。ガーナでの2年間を価値ある経験と考えている私は、自分の子供も不便な場所で育ってほしい、と思っています。そこで、生活の不便な田舎に移住する必要があると考えました。
最後に
以上3つの理由から、私は地域おこし協力隊に応募することになりました。これから地域おこし協力隊に応募する方に、少しでも参考になれば幸いです。